データ駆動型 OT(Precision OT)で
「その人らしい生活」を見える化する
訪問リハの現場では、経験と勘に加えて、データをうまく味方につけることで、
その人らしい生活への「最短ルート」が少しずつ見えてきます。
この記事では、その入口として
「訪問リハ版 Precision OT ダッシュボード」
の考え方と構成例を紹介します。
1. データ駆動型 OT(Precision OT)とは?
データ駆動型 OT(Precision OT)とは、簡単にいうと 「似たような背景のクライアントのデータから、より合いそうな支援パターンを探す」 ための考え方です。
もちろん、作業療法の中心はあくまでその人の物語・価値観・環境です。 Precision OT は、それらを無視して「機械に任せる」ものではなく、 臨床推論をサポートする“補助線”としてデータを活用する発想です。
キーワードは「再現性」と「説明責任」
- なぜこの頻度・この目標・このプログラムなのかを、言語化・説明しやすくする
- 似たケースのデータを見て、「経験と勘」を後押しする根拠を増やす
- 結果が良くても悪くても、「どんな要素が影響したのか」を振り返りやすくする
※AIは「予言者」ではなく「統計係」。
この距離感を崩さないことが、Precision OT を安全に使う前提になります。
2. なぜ「訪問リハ × ダッシュボード」なのか
訪問リハの現場では、こんな“あるある”はないでしょうか。
- カルテ・計画書・サービス実績・評価表…情報が紙とExcelに散らばっている
- 「同じようなケース」の記憶はあるが、具体的なデータとして振り返れない
- 事業所全体で「どのような支援がうまくいっているか」が、感覚でしか共有されていない
Precision OT ダッシュボードは、このバラバラな情報を 「事業所レベルで俯瞰する1枚の地図」にするイメージです。
クライアント一人ひとりの背景を尊重しつつ、事業所として 「どんな支援が、どんな方に、どれくらい効いているのか」を見える化していきます。
3. Precision OT ダッシュボードに入れるデータ項目
いきなり完璧を目指す必要はありません。まずは、訪問リハで頻繁に使う項目から始めます。
3-1. 基本プロフィール
- クライアント ID(仮名化した識別子)
- 年齢・性別
- 主な疾患・発症からの期間
- 同居家族構成・介護力の目安
- 居住環境:戸建/集合住宅、段差、トイレ・浴室の状況など(簡易カテゴリ)
3-2. サービス提供状況
- 訪問頻度(週◯回)・1回あたりの時間
- 介入期間(開始日・終了予定日)
- 他サービス(デイ、看護、ケアマネなど)の有無(フラグ程度)
3-3. 評価と目標
- 主要な評価指標:FIM、BI、簡易ADL指標など
- 「主目標」と「サブ目標」(例:屋内歩行、トイレ動作、自宅入浴、趣味活動など)
- 目標達成度(OT評価・本人主観の両方を簡易スコア化)
3-4. 生活変化のイベント
- 入退院・転倒・家族の健康状態変化など、大きなライフイベントの有無
- 福祉用具・住宅改修の導入時期
すべてを細かく取ろうとすると破綻するので、
「事業所として、まずは何を比較したいか?」から逆算して項目を絞るのがコツです。
4. AIの役割は「パターン探し」だけ
Precision OT ダッシュボードでの AI の役割は、 「決めること」ではなく「傾向を見つけること」に限定します。
AI にやらせたいこと
- 似たプロフィールのクライアントを自動でグルーピング
- 「改善しやすかったケース」と「伸び悩んだケース」の違いの候補を挙げる
- 特定の目標(例:トイレ自立)に対して効果の高かった介入セットの候補を示す
AI にやらせないこと
- 「この人にはこのプログラムで!」と最終決定すること
- 倫理的・社会的な判断(生活史・家族関係の解釈など)
- 本人の価値観を抜きにした一方的な提案
イメージとしては、「とても頭の良い統計係」をチームに一人入れる感覚です。
舵を握るのは、最後まで作業療法士です。
5. Precision OT ダッシュボードの画面イメージ
実装方法はいろいろ考えられますが、現実的には次の 3 画面がそろうと、 事業所レベルでの振り返りがかなりやりやすくなります。
年齢・疾患・訪問頻度・主目標・介入期間などを、一覧で俯瞰する画面。 フィルターで「脳卒中/75歳以上/独居」などを絞り込み。
FIM/BI や独自スコアの推移を、期間ごとにグラフ化。 目標達成度の変化や、イベント(入院・転倒など)もタイムラインに表示。
AI が「改善しやすかったケース群」と「伸び悩んだケース群」を整理し、 考えられる要因(頻度・環境・目標設定など)を“候補”として提示。
ここでのポイントは、「難しい統計用語」ではなく、
OT 同士のミーティングでそのまま画面を見ながら対話できるレベルの表示にすることです。
6. 小さく始める導入ステップ(現実的バージョン)
ここからは、「明日からでも少しずつ始める」ことを前提にしたステップ例です。 いきなり AI モデルを作る必要はありません。
先ほどの 3-1 ~ 3-3 の項目を中心に、行=クライアント、列=項目のシートを作成。 最初は「新規利用者だけ」など、範囲を絞ると運用しやすくなります。
例)「訪問頻度 × FIM変化量」「主目標 × 目標達成度」など、 まずは 2 軸だけの簡単なグラフから試し、チームで眺めてみます。
個人が特定できない形に加工したデータを、AI に読み込ませて、 「どんな傾向がある?」と尋ねてみます。ここではあくまで試行・仮説づくりに留めます。
よく見るグラフ・項目が固まってきたら、それを固定のダッシュボードにまとめます。 自作ツールやクラウドサービスへの実装は、この段階で検討すると無理がありません。
「まずは紙カルテの棚卸し」から始めて、徐々にデジタル比率を上げていく形でも十分です。
7. 個人情報と倫理的なポイント
医療・介護データを扱う以上、Precision OT ダッシュボードでは 個人情報保護と倫理が最重要です。
最低限おさえておきたいポイント
- 氏名・住所などは扱わず、クライアント ID で管理する
- データは、国・自治体・所属団体のガイドラインに沿った場所と方法で保管する
- AI サービスに渡すデータは匿名化・要約し、「原票」は外に出さない
- AI の提案はあくまで参考情報とし、最終判断は OT の責任で行う
データを使うほど、クライアントの物語と権利を大切にする——
そんな姿勢をチームで共有しておくことが大切です。
8. まとめ:OTがハンドルを握るデータ活用へ
データ駆動型 OT(Precision OT)は、「AI に任せるリハビリ」ではなく、 OT がよりよい判断をするための補助線を増やす取り組みです。
- まずは、訪問リハでよく使う情報をシンプルなデータベースに整理する
- グラフやダッシュボードで、「感覚でわかっていたこと」を見える化する
- AI にはパターン探索だけを任せ、最終判断はOTが行う
- 個人情報と倫理のラインを明確にし、安心して続けられる運用にする
小さな一歩として、「新規利用者だけでも Excel に整理してみる」ところから始めてみると、 ダッシュボードと Precision OT のイメージが一気に具体的になってきます。
データは冷たく見えますが、集め方と使い方次第で、
クライアントの「その人らしさ」をより深く支えるための、心強い味方になります。


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